「形姿を超えた、その土地らしさの模索」
2013 チルチンびと
西 山 英 夫
熊本という土地は、どこか欧州の中のフランスに似ているような気がする。ともに農業県(国)としての恵みを受けながら、更に山地から穀倉部、そして海や島々と豊富な自然の要素を持っている。そのことは逆にいうと、熊本というエリアが単一ではない
(フランスもそうであろうが)多様な生活や風土の諸相を備えているというふうに考えられるのかもしれない。
ここに取り上げた住宅 T-house in 高森は、その熊本県の阿蘇、大分県境の高森町という山間の地に先年完成したものである。九州の中でも阿蘇という場所は、避暑地的な心地良さの反面、真冬の朝は氷点下10度近くにもなり、長期間の暖房が不可欠な地域である。林業の仕事にも携わっていた施主からの要望で、手に入り易い木材を利用した薪ストーブを家の中心に据え、基本的には全ての部屋の暖房をまかなうという構想を立て設計を進めていった。(同様に、この住宅の殆んどの材木は、施主が自ら地元の山から切り出した杉で作っている。)また予算の制約などからも、間取りはどんどん単純化され、結果的に
引戸を開けると全体がワンルームの、東西に細長いトンネル状の空間に至った。南北の採光や風通しに配慮しながら、各室には長い廊下を利用して薪ストーブの暖気を巡らせるような工夫となっている。幸い都市域ではあり得ない広い敷地(約340坪)や周囲の景観と環境を活かして、施主家族はオープンにそしてシンプルに山間の生活を満足している。
地域性と普遍性、かつて私が所属したTeam Zooというグループにおいては、これらのことが大きな意味を持って、沖縄を初めとする全国各地にその地域の特性を踏まえた
建築を創り上げて来た。しかしそれは単に地域の伝統的な形態や素材・構法を活用する
という表層的な様式ではなく、人々や社会における建築の今日的な意味を問うという、
大きな樹木の幹を備えた上で、さながら継木をするようにそれらの地域性が再解釈され
ていった。
日頃住宅を設計するに当って、時代や地域を大きく捉えたいと思っている。できるだけ原理主義や小手先に陥らない建築を心掛けている。それは結果的に、その場所や住まい手にとっての建築の懐の深さにつながるのかもしれない。
フランス的な精神性に"エスプリ"があるように、熊本人の中には"もっこす"(純粋で正義感が強く頑固)や"わさもの"(新しいもの好き)といった気質がある。できるだけ自由で素直な形姿の中に、その土地らしい気風や暮らしぶりを表現できれば幸いと思っている。