​観ること、聴くこと、問いを続ける ということ

KAP  くまもとアートポリス「みんなの提言」

 

2021 11月

西 山 英 夫

 被災から被災後へ

 若い情熱と希望を胸に結婚した夫婦の一生も、長い暮らしの中で、いつのまにかメリ

ハリと対話の少ない日常の繰り返しに至っていくように時折世間からは聞こえてきます。

良く言えばそれが日常の暮らしで、ふつうの夫婦なのかもしれません。

 突然の災害に遭った人達も、直後の危機的な状況に対しては本能的に防衛のふるまいを行ったし、本当の必死ということを実感したことと思います。

そしてやがて、取るものも取らない被災時が過ぎてつかの間の安息が訪れた時から、夫婦の一生のような長い被災後の新たな日常が始まります​。​

 あれから5年余りが過ぎました。

 多様な被災者

 近年の熊本は、災害県の様相を呈しています。熊本地震で被害の少なかった県南の人達にも、悪い平等のように水害が訪れるという理不尽を感じます。

私は、熊本地震に巡り遭い、直接の被害は僅かだったものの、老いた母親を伴い初めて

10日程の避難の経験をしました。

被災地から離れて察することに対して、この経験は個人としても建築の職能人としても

貴重なことでした。その後、みんなの家から災害公営住宅の建築へと4年余り地震の復興に携わり、それらを求める多くの人達の姿も観て来ました。

 また、もうひとつの復興活動として、私の事務所が入るマンションの復旧に参画していました。120数戸400人以上が暮らすこのマンションも大きな被害に遭い、いち早く居住者を帰還させ、修復の手立てを講じるためにチームを立ち上げ携わって来ました。

ひと口に災害に遭うといっても、各々の場所と人に降りかかる苦難や精神的な負荷は、

本当に多種多様なものとつくづく感じます。

 発見的方法

 かつて私が所属した師匠筋のグループで、社会や環境等に対する捕え方の中に、「発見的方法」という概念の体系があります。

「発見的方法とは“いまだ隠された世界”を見い出し、“いまだ在らざる世界”を探るきわめて人間的な認識と方法のひとつの体系である」。

「まず行って歩いてみること、立ちつくし目をみはり、耳をこらすこと、心を白紙にして事象をそのままに受けとめてみることから出発する」・・・。

(地井昭夫/1975年/都市住宅.特集/発見的方法より)

沖縄を始め、各地の地域計画や建築計画に、これらの視点から課題を探り具体化に当たった先輩たちの努力を思い出します。

 いま、熊本県内では災害復興の施設が、前述のように新しい利用や居住のステージに

至って来ました。発見的方法とは、なにも歴史や文化の蓄積や特性だけを探るものではありません。私たちの身近なところで変化している復興後の日常の暮らしの営みを改めて

“知る(認識する)”ことに、この方法論はいまも有意義なような気がします。

 まずは、それぞれの地域や人々を、KAPとしてもう一度観察することも大切ではない

でしょうか。

 問いを立てる

 見えるものと見えないもの、普段私たちは見たいものや善いものだけしか観ていないのかもしれません。批判を承知で記すと、人間の暮らしや人生には様々なヤマシサやウシロメタサが同居しています。弱者としての被災者も同じように、日々の暮らしの中に各々のエゴや欲が存在するでしょう。

それらの現実の前には、要望の全てを解決する一つの正論や正解はないはずですし、物としての建築に出来ることも限られると思います。より善い暮らしのカスタマイズのためにアップデートを重ね、気づきのきっかけを建築としてつくること程度かもしれません。

 災害の記念日等にメモリアルな催しをすることも大切なことですが、理想的には行政の事業という枠を超えて一人一人の市民や隣人が、淡々とした日常の互いの姿を観ることと耳を傾けること、それを続けることがより意味のあることのように思えます。

 新実存主義の哲学者マルクス・ガブリエルは、「人間は“人間とは何か”を問う生き物であり、人間の本質は、“答え”ではなく“問い”なのです」と著書に記しています。

あふれる情報や多様な価値観の中でいまの社会や暮らしが形成されている限り、高名な

学者や建築家ならば正解を見い出せるという訳でもありません。

「これで良いのか?」

少なくとも私たち建築に携わる者は、「市井で起きたことと、起きるかもしれないこと」に対して、しっかりと向き合い、一つ一つの建築行為で、問いを立て続けることではないでしょうか。