「静謐な海を越えて」

不知火美術館

2004 クロスリンク展

西 山 英 夫

 初夏の日差しにキラキラと輝く、不知火の海。遥か遠く、いにしえの人々も、21世紀の
われわれと同じように、このおだやかな海を眺めていたのかもしれない。
 いつの時代も、創造という行為が、人間の身体性や精神性を素直に物語るものであると
するならば、それらを育んだ風土もまた、その身体や精神の極めて貴重な血肉といえる
だろう。われわれを育んだ実りの大地と海。振り返ると、有史以来幾多の人がこの土地に
根ざし、そしてこの海を越えていった。
 今も残る装飾古墳の鮮やかな色彩や模様には、先人たちの素朴でプリミティブなアー
ティストとしての横顔が生き生きとうかがえ、そしてまた「不知火」の伝説が、大海へ
船出をしていった人々の、コスモポリタンとしての精神をわれわれに語りかけて来るよう
だった。下って、近代のアーティストたちもまた、太古の先人たちと同じようにこの海を
超え、世界に活躍の舞台を求めていった。戦前のアメリカで活躍した河野浅八や野田英夫、
戦後ブラジルのマナブ間部、そして今日の野田哲也等、独自にそれぞれの表現を模索
しながらも、彼らの背景にはこの地の陽光のように、自然や人間への優しくおだやかな
まなざしがどこか共に感じられる。
 Cross-Link、場・時間・人の交差。
 今回、この地にかかわる4人の若いクリエーターが、それぞれにこの場所を見つめ、
時間や人を超えて共同する。それは、幾多の先人や地域への真摯な賛歌であるとともに、
意識の水面下に根ざす風土から改めて自身をアイデンティファイし、またそれぞれの活動の
未来を照射することもあるだろう。建築をとおして地域や人間本来の棲家を見つめる
西山英夫は、この土地の日常的な風景としてのビニールハウスや墳墓をモチーフに、
かたちの空間構成を行う。絵画と写真の可能性をそれぞれに模索する横山博之と坂本和代は、
不知火の色彩や光・時間を切り取り独自に再編する。そして映像や音・コンピューターを
マルチに操る浅川浩二は、五感に訴えながらこの場と地域をつなぐ。
 過去の積層としての現在、そして未来。互いがそれぞれの領域や刻を越えた多様な表現や
止揚とコラボレーション(共同)。成熟した個人、開かれた地域の文化や創造には、
そのような自己や他者の存在が受容される自由な精神と多様な参画が保証されるべきだろう。
アートという世界が、身近な日常性の地層の上に輝く結晶となってほしい。ここ、不知火
では、キラキラと輝く静謐な海を越えて、次代のクリエーターたちと新たな地層をいつか
またひとつ重ねてみたい。